去年の初めから、とても気になっている人がいました。
その人は、新聞のあるコラムを定期的に担当されている人。
その人の書く話は、いつ読んでも素敵で感動させられるのです。
いつしか、その人が出てくるのが楽しみになっていました。
あまりに素敵なお話なので切り抜きにまでしました。
ものの考え方とか、視点が素晴らしいのです。
例えば。。。。
「感性という心」(美意識、気配り、気働き、繊細さ)
人間は本来怠け者である。だから日々勉強しなくてはならない。勉強しないと悪い心が良い心を食べてしまうから、常日頃から美しいものを見たり、優しくなるための勉強が必要なのです。自分の人生は自分で決める知識として勉強はあるし、人生を生きるのは誰も手伝ってはくれないし誰も変わってはやれないから。その選択を決定するために少しづつ心を強くするために勉強は不可欠である。
そしてもう1つ。。。
私たちは年老いて孤独になる勉強はせずに生きてきた。本当は大事な事なのに。長寿は素晴らしいことと同時に恐ろしいことであることの認識が希薄のように思えてならない。昨日まで一緒に笑った同僚、一緒に酒を飲みかわした友人、そして愛する妻が突然存在しなくなる事を想像したとき、不覚さを思わずにはいられない。大切な人はいつまでも長生きしてはくれない。他人はそのことを解決し助けてはくれない。そう考えると私たちは孤独の処し方を勉強しなくてはならないのではないだろうか。孤独。誰にも訪れる不思議で怖い形のないもの。一人でテレビを見て納得し、無味乾燥な食事の日々。干渉もお節介もされないグレーな日々。そこには個性もこだわりも何にも意味がなさない寂しい時間のような気がする。人間は愛するものをいっぱい作り、身近に切れ目なく置くことが大切なのかもしれない。
ものすごく深く深く考えさせられました。
その他にもいろんな話があったけれど
何の話も考えさせられる話ばかりでした。
ある時あたしは、その人にどうしても気持ちを伝えたくなりました。
それで住所を調べて手紙を書きました。
「いつも新聞を見て感動しています。考え方がとても素晴らしいです。」と。。。。
そうしたら、何と!その人から手紙の返事がきました。
お手紙ありがとうございます。
正直申しまして、私は勉強家でも読書家でもありません。
趣味は妻を見ていることです。
ただ、漠然と見ています。わが子よりも大切な人ですから。
この歳になってしみじみ思うことは、我妻が私という人間と結婚して人間として成長させれたのか?それとも悪くなったのかを考えます。又、夫婦というのはそんなものだと考えています。勿論、妻側も同じ感性が存在しなくてはなりませんが。我妻は孫が大切で子供が大切な人です。
人生にはいろいろな事が待ち受けています。それは40歳を過ぎてから起こります。一筋縄ではいかない人生をクリアするには遊び心が必要です。次から次と自分の目の前におこる儀式(災難)に勝つには、時間とお金と夫婦の絆と家族の存在が不可欠です。そして、忘れてはならないのが健康です。どうか、良い人生を送って下さいね。因みに、儀式はいつか終わるものです。
もうしばらくすると桜の花が咲きます。妻と歩きながら桜を眺める時間は尊いです。今年はどうなることやら。横を見ると妻がパソコンでゲームをしています。我が家では常に懲りない人が私の傍にいるのです。でも、私はその妻が大好きです・・。
手紙の返事を読んで、ますますその人の事が好きになりました。
奥さんのことが大好きなんですね。
そして、とても繊細な心の持ち主なんだと思います。
趣味は妻を見ていることですなんて言えませんよ。
すごいと思いました。
あたしの思っていた以上に素晴らしい人でした。
手紙を出してよかったです。
やはり人には気持ちは伝えないといけないと思いました。
人って素晴らしいです。
感動させられます。