ちょっといいですか。。。?
今日は。。。
椿山課長の7日間。。。
読んでます。。。
セリフに心をもってかれます。。。
「君を1人の人間として尊重するんだよ。体の不自由な人も、お年寄りも、子供も、社会的な弱者ではあるけれどもけっして人間的に劣っている人ではないんだ。人間に強弱はあっても優劣はない。だから、大切なのは、お世話をする人の意思ではなくて、ご本人の意思なんだよ。」
「子供を大切にするというのは、猫や犬みたいに可愛がることじゃあるまい。未来を大切にすることだよ。だから、いたずらに子供を子供扱いしてはいけないんだ。このごろでは、親たちに子供と猫の区別がつかなくなったね。おかげで、生意気な子やおませな子がいなくなった。若者たちまでがみんな子供のように幼い。」
「この世に百の恋愛があるとする。でも、そのうちの九十九は偽物よ。なぜかって、自分のための恋愛だから。私は、百のうちにひとつしかない本物の恋をしていた。それは、すべてを愛する人に捧げつくせる恋愛です。あの人のためなら命もいらない。お金も誇りも、私自身の恋する心すらいらない。」
「自己表現のできない女は損よ。大人の女なら必ずしも自己主張をする必要はない。でも、自己表現はしなくちゃだめ。主張は権利だけど、表現は義務。そのあたりをはきちがえると、上司に誤解されたり、部下に嫌われたり、同僚にうとまれたりする。実力も努力も正当に評価されない。」
「たしかにたましいの存在を科学で解明することはできないけど、科学は決してむなしいものじゃない。人間はシシュフォスじゃないよ。勝利や征服には何の意味もないんだ。努力することが人間の幸福なんだよ。ぼくは努力のできないたましいになってはじめて、そのことがわかった。がんばれよ、陽ちゃん。キミは努力のできる人間の肉体を持っているんだから。これからキミの長い人生をかけて、誇り高いシシュフォスになれよ。」
シシュフォスとは。。。。
ギリシア神話にシシュフォスという人間のうちで最も悪賢い男がいます。
死の直前、彼は妻に命じました。
「自分が死んでも葬儀をするな。オレの死骸は、広場の真ん中に打ち捨てておけ。」
………妻は、その通りにしました。
シシュフォスは、冥途にあって冥途の王であるハデスに願い出す。
「わたしの妻はヒドイ女だ。
私の葬儀をせず、死体を広場に打ち捨てている。
私は、妻を懲らしめたい。
妻に仕返しをするために、ハデスよ、私をもう一度地上に戻らせてくれ……」
死者の王ハデスも、このシシュフォスの訴えに共感し、
彼は許されて地上に帰ってきますが、もちろん、妻を懲らしめたりはしません。
死んだシシュフォスが、生き返るためについたウソだったのです。
騙されたと知ったハデスは度重なる召喚命令を出しますが、
それを無視して、シシュフォスは生き続けます。
その結果───、
神々の王ゼウスは、シシュフォスを地獄に送り、
そこでシシュフォスは永遠の刑罰を負わせられることになります。
そして。。。
このセリフ。。。
「人間は“ありがとう”を忘れたら生きる資格がないんだよ。」
「希むものは、愛する人々の幸せ。死者にできることなどたかが知れているけれど、人の世に残した思いのすべてをこめ、このか弱い仮の肉体の力のすべてをふりしぼって、できる限りの幸せを置いていこう。」
「子供だから、というのは現世の論理ではないのかな。今の豊かな世の中は、必要以上に子供を子供扱いしてる。人間の精神年齢が昔に比べてずっと幼いのは、つまり社会全体が子供に対して過保護だからだろう。僕らが子供のころには、そういうあつかいをされるのはよほどいい家のお坊ちゃまやお嬢ちゃまだけだったと思う。社会から過分の保護をされていなかった昔の子供らは、自由でたくましかった。もし、現代の社会が子供に対して過保護であり、その結果として人間の成長がさまたげられているのだとしたら、子供を子供あつかいせぬ昔の世の中の方が健全だったということになる。」
「生い立ちを嘆いてる暇なんてないぞ。人生はおまえのおまえの考えているほど長くはない。泣いたり憎んだり悩んだりする間に、一歩でも前に進め。立ち止まって振り返る人間は、けっして幸せになれないんだ。」
1日がかりで読み終えた。。。
これは。。。
家族の絆を探す旅に出る物語だと。。。
そして。。。
人間の孤独と。。。
そこから前を向いて立ち上がろうとする人間の姿だと。。。