「自分」は1人ではない 

相手に。。。

自分をわかってもらうって

時間がかかります。

しかも。。。

それが好きな相手だったりすると

なおさらです。

どうしても良く見せようとするし

そうなるとムリするし

自然な自分じゃなかったりするんです。

でも。。。

自然な自分てナンダロウ。。。

相手が好きな人だったら。。。

そんなムリをするところも

見せたっていいんじゃないかな。

だってムリしたいし

そのムリが自然な気持ちだしね。

あのね。。。

「自分」は1つではないんです。

最近一気に読んだ本の中にあって。。。



可動域が狭くてそれを壊さないと次に進めないのは手間がかかる。
だったら、最初から可動域を広めにとっておいて、中でフラフラ微調整しながらやっていけばいい。

いつも人って揺らいでいるけど、実は振幅はそんなに大きくない。
はじめから可動域が広いからその中でフラフラしても、そこから出ないですむ。

単独で出てきても特定できないキャラクター。。。
その人がある場所に行って、誰かと何かをしゃべる。
その瞬間、その場全体がある磁力を帯びる。。。
個人じゃなくチームみたいなものがあって、、そのチームのメンバーが入れ替わるんだけど、入れ替わるとまたそこに違う場が出来る。
組み合わせによって複数の人格が出来る。
だから、そのうちに人間の数より人格の数の方が多くなる。
ユニットのキャラクターの数がユニットを構成するファクターよりも多い。
「オレはどこまでいってもオレだ」じゃなくて、「オレはここではAであり、あそこではBであり、あっちの方ではCである。。。」というあり方の方が、ずっと自由で豊かである。
人間の不幸って、最終的に「自分が自分でしかない」っていうことでしょう。




この考え方いいなぁって思いましたよ。

ものすごく素敵だと思いました。

いろんな自分がいていいんだなと。

楽に生きれるよねって。

確かに相手によって自分って変わるよ。

素直にいっぱい話せる相手とそうじゃない相手ってあるもの。

なんでこの人とだとおしゃべりになるんだろうとか。

いろんな自分楽しめばいいんだよね〜〜☆




[2007/03/11 09:39] 日常 | TB(0) | CM(0)