昭和三十年代にあって今ないものは?
働く人への尊敬の感情だと。
子供の頃に小遣いを握り締め駄菓子屋やおもちゃを買いに行くと
お店の人に「ありがとう」と言っていた。
家でご飯を残そうとすると
「汗水たらしてお米を作ったお百姓さんに申し訳ない」と親に叱られた。
今はどうだろう。
お店の人はお客が子供でも「ありがとうございました」と頭を下げる。
買ってやっているという態度で売り手に臨む消費者が多くなる。
農家は、米余りだから作らなくてよいと言われる。
電車の運転手は少しでも遅れると「お客様」から罵声を浴び、経営者からはもっと効率的にしろと圧力がかかる。
公務員や教師など公共サービス部門で働く人はもっとつらい。
給与は税金で支払われていると国民から言われる。
普通に働いて当然、問題が起きるときちんと働いている人でも白い目で見られる。
この状況は今までないがしろにされていた消費者や納税者の権利が尊重されるようになったという意味では進歩であろう。
それが、お金を持っていて使う人が「えらい」という意識が広がっているとしたらどうだろう。
お金を払えばサービスを受けて当然、文句が言える。
一方、お金を貰って働く側は普通に仕事して当たり前。
少しでも不都合があると本人の責任でなくても文句を言われる。
その結果、働くことへのやる気とプライドが失われていく。
フリーターから社会保険庁問題、今起こっている仕事がらみの問題は、「働くことへの尊敬」が失われていることが根にあるのではないか。
近代社会は、西洋でも日本でも「働くこと=他人を幸福にすること=尊敬されるべきこと」という意識、快楽のためにお金を使うことは「軽蔑」されるという意識から出発した。
今、それが逆転し働くことへの尊敬が失われつつある。
理由の一つには、近代社会が成熟し、ものを作ってもなかなか売れない「豊かな社会」になったことがあげられよう。
生産者は、消費者にモノを買って貰うために頭を下げなくてはならなくなった。
また金融の発達により、勤労がお金を生むというより、お金がお金を生む様相が強くなっていく。
また仕事の現場が見えにくくなっているのも一因だろう。
お米なら作っている人の姿が想像できる。
しかし、パソコンには設計する人から部品を作る人、運ぶ人など何千人の努力が詰まっているはずだが、その姿は目に見えないのである。
特に日本では、バブル経済の影響が大きかった。
土地や株の値上がりで金儲けをすることが奨励されたこと。
そして、高級品を身につけていることが「えらい」という意識が一般化した。
つまり働くことではなくて「お金」そのものが敬意の対象となってしまったのだ。
ホリエモンが「お金で買えないものはない」と言えたのもこの延長上にあることは言うまでもない。
市場原理主義の浸透に罪があるとするならば、お金を使うことは、働くことよりもえらいという意識を広めたことにある。
その結果、働くこと自体尊敬されなくなったから、働くことの意味を見つけなければならなくなった。
それは、働いた結果としての「お金」か、仕事自体が面白いかのどちらかとなる。
逆にいえば、収入が低かったり面白くない仕事はしても意味がないという意識が広まる。
単純作業をしているフリーターにインタビュー調査をして感じるのは、自分がしている仕事へのプライドの低さである。
あるフリーターから「こんな仕事誰だって出来ますよ」と吐き捨てるように言われたことを鮮明に覚えている。
自分のやりたいことは他にあると夢想しながら、生活のため、そして、稼いだ金を使って文句を言える立場に立つため、仕方なく働き続ける。
その感覚は、正社員にも広がりつつある。
本来、あらゆる仕事(単純労働でも家事でも)は、社会にとって不可欠であり、他人の幸福を増すために役立っている。
きちんと仕事をしている人をほめ、フリーターも含めそれを評価するしくみを作る。
働くことそのものが尊敬される社会に戻るためには、そのようなことが必要だろう。
東京学芸大学教授 山田昌弘
いま。。。
「文藝春秋 SPECIAL」
私の仕事 私の生き方 人は何のために働くのか
これ読んでます。
先日本屋で波長が合ってしまったのですよ。
今すごく考えてることですから。
奥が深いですよ〜〜〜〜
すごい納得と共感が得られます。
読み深めます。
大人の階段って?
う〜〜ん。。。あたしのぼった?
いや、記憶ないぞよ。
つーことはです。
のぼるもんではないっつーことか?
じゃあさ、じゃあさ、階段ってゆっても
見える階段じゃないのか?
じゃあさ、じゃあさ、じゃあさ、怪談?
そうや〜怪談や〜〜〜
昨日は大好きな友人の顔が急激に見たくなって
どーしても逢いたくなって電話。。。
ベルにいるとのこと。
行きましたよ!行きましたとも!
逢いたかったんですから。
特設ステージにいましたわよ。彼女。
ちょうど中心でしたわ。
二人のトークショーのような特別席。
コーヒー飲みながらポテト食べながら
語る!爆笑する!泣く!しんみりする!
見ていたみなさま楽しんでいただけたでしょうか?
二人のトークショー!!
すごかったです。ほんとに。
神様登場し、仙人までも。
仙人とは。。。
『山中で修行し不老不死の術を得、神通力を持つといわれる人』
『無欲で世間離れした人』
神通力あるな。確かに世間離れもしている。
やはり仙人だ。
今度その仙人とお茶したいという彼女。
ぜひ実現しましょう。
お呼びいたします。
手をついて崇めて下されよ〜〜〜
さてさて怪談。
二人のトークはまさに怪談。
怪しい談義。
そばでカツ丼を食べあさるGちゃん!
そのカツ美味しそうだったわ。
でGちゃんいわく
「泣いてるの?何かママに悪いことでもしたんか?」
あはははははは〜〜〜泣き笑い。
もう最高!
知り合いの方が
「就職は地元以外には考えたことはなかった」
そう言い切った。
なぜ?
その方の両親はどんな風にその方を育てたのか?
その方の気持ちをどんな風にそうさせたのか?
そこはやはり親の思想というか
親の生き方というか
親の子供に対する関わり方だと推測するのだが
どうだろう。。。。
大学は県外。
その間に気持ちは揺れなかったのだろうか?
親を家族を大事に想う気持ちに変わりはなかったのだろうか?
その気持ちは。。。
小さいときから徐々に育んできた気持ちなのだろうか?
どうやったら。。。
どう関わったら。。。
子供がそんな気持ちになるんだろうか?
今のあたしと彼女の大きな課題となっている。
怪談しながら
泣きながら笑いながら
2時間のトークは無事終了した。
うちの高校生さま。。。
昨日は怪談できそうな山で友達数人と戦闘大会!
片道2時間かけてチャリで激走!!
次回のために迷彩服が欲しいらしい。。。
楽しんでおりますのぉ〜〜〜
そうやって大人への怪談楽しんで下さいませ。
あたしは職場で。。。
怪しい談義繰り広げてきたいと思います。