いつかは「おばば」になる。 

タンスの防虫剤のニオイがたちこめる。。。。

まわりはお年寄りたちが多い。。。

このニオイは自分たちの存在を見つけてほしいサインのように感じるのはなぜだろう。。。



そんな中での読書。

介護施設内の物語でうるうるになり何度もトイレで涙するあたし。

なにやってんだー

だってあのたくさんの人の中でひとり涙する勇気はない。
血液検査の待合席は混みあってるのだー
あたしの番号がくるまで相当かかるんだー
トイレで泣く時間くらいあるもん!

ふぇーんっっ






呼び鈴を鳴らすと奥さんが顔を出した。
「あら、きてくれたのね。忘れもせずにありがとうね。ほらあなた。今年もきて下さったわよ。」
そう言いながら奥座敷の写真に声をかける。
「四月四日」ヨシオさんの命日だ。
ヨシオさんは「介護とは何か」を教えてくれた人。
その原点を確認するために毎年、会いに行くことにしている。

僕はその奥さんと介護を6年間ともにした。
ヨシオさんが初めて施設を利用した日。
迎えに行くと書斎でヨシオさんが社長椅子に座っている。
手に持たれた新聞は逆さま。
でも一心不乱に読んでいる。
「お迎えにあがりました。」そう言うと眼鏡の奥から目を光らせ
「仕事があるんだ。君行きなさい。」と一言。奥さんは気を遣う。
「あなた。せっかく迎えにきていただいたのに。」
するとヨシオさんも
「なんだ!君の物言いは、クビだ!クビだ!」と言い返す。
「あのね、私のことを事務員だと思ってるの。」と笑う。
ヨシオさんはある会社の副社長を勤め上げた経歴の持ち主。
だから威厳だてハンパじゃない。

そこで奥さんに席をはずしてもらいヨシオさんと二人きりに。
なんとか施設にきていただきたいと、あれこれお誘いの言葉をかける僕にヨシオさんは気分を害した。
「きみの会社は小さいから、今まで取引をしてきたんだ。それを約束もせずにいきなりきて。そんな失礼な会社とは取引しかねる。帰ってくれ!」
どうしたものか。。。困り果てた僕はつぶやく。
「これじゃ会社をクビになります。」
「え!」ヨシオさんが僕を見る。
「もしクビになったら家族が泣く思いをします。」
泣くフリをしながらヨシオさんの様子をうかがった。
「え!そんなことはないだろう?しょうがないなぁ」
と言いながらヨシオさんは重い腰を上げてくれた。
それがヨシオさんと僕の最初の出会いだった。

ヨシオさんはとにかくよく歩く。
どこへでも行ってしまう。
時に見失って必死で探し見つけて抱きつきたい思いで駆け寄り
「よかった〜」と声をかけると、ヨシオさんはケロッとして言う。
「先を急ぎますので。」
ヨシオさんとの思い出の多くは「一緒に歩く」ことから生まれた。
そしてよく見失い探してまわった。
もしかするとヨシオさんも何かを探すために歩いていたのかもしれない。
「ぼけ」を抱えることで失った「何か」を。

年ごとに年老いていくヨシオさんは出歩くことも少なくなった。
奥さんの年齢的限界も考え施設に泊まる日も増える。
それでも僕たちはできるだけ自宅に帰れるよう努力した。
ヨシオさんは自宅と施設にいる時の顔が違う。
自宅にいる時は「主の顔」をしている。
休憩しながら登る階段。踊り場で遠くを眺めるヨシオさん。
それは何十年も眺めてきた景色。
自宅には長い年月をかけて蓄えてきた妻と自分の世界がある。
その世界でヨシオさんは「主の顔」を見せる。
それでも自宅にいる時より施設の時間が増えてくる。
すると奥さんはせっせとヨシオさんの元に通い始めた。
あるときヨシオさんの横に奥さんが座ったときだった。
「母さん!かあさん」とヨシオさんがつぶやいた。
喜ぶ奥さん。「治った!治った!お父さんが治った!」
ヨシオさんの「ぼけ」は治っていない。むしろ進んでいる。
けれど「ぼけ」を抱えてからヨシオさんは自分の妻を「事務員」と呼んできた。
そのことで奥さんは何かを失ってしまったのだろう。
でも一瞬でも取り戻すことができたんだ。それは夫婦関係。

ぼくらは二人から学んだ。
たとえ障害や病気が治らなくても、いや、治らないからこそ「関係」を大切にしたい。
障害や病気を抱えることで危うくなった「関係」をつなぎとめる、取り戻す。
それがぼくたちの仕事なのだと。

そのうちヨシオさんは口から食べることが出来なくなくなった。
その施設に家族が泊まりこんで看取りが始まる。
そこで死ぬということは、積極的な医療行為をしないということ。
つまり大切な誰かがそばにいるということ。
あたたかい光がさしこむということ。
心地よい風が新鮮な空気を運ぶということ。
苦しいときは手を握るということ。
さするということ。
目が乾けば点眼し、口や唇が乾けば好きだったビールやジュースを綿花にひたし拭いて潤す。
少しずつ少なくなるオシッコをこまめに拭き取る。

ヨシオさんが常日頃から口にしていた言葉。
「人間死ぬまでの十年が大切なんだ。」
ぼくたちはその十年のうちの六年に付き合うことができたのだ。

ヨシオさんは桜の花が散り始めた時に亡くなった。
これまでリズムよく続いていた下顎呼吸がいったん止まった。
そして大きくゆっくり息を吸い始めた。
娘さん、お孫さん、弟さん、そして奥さんが慌ててヨシオさんを囲む。
ぼくたちはそっとその場から離れた。
そうすると「あ!笑った」と家族みんなの声。
しれがヨシオさんの最期だった。
六年間をともに過ごしてきた職員が言った。
「悲しいけれど嬉しいんです。」ぼくも同じ気持ちだった。
生きていこうという気持ちになった。
生きていけるんだ、という気持ちになった。
ヨシオさんが最後に残したもの。
それは生温かい10ccのオシッコだった。




「よく最後まで添い遂げましたね。」
そう言ったら奥さんが
「今は感謝してるの。目の離せないお父さんと一緒に歩いたおかげで足腰が強くなったし、あなたたちにも会えたからね。」と。





この奥さん素敵です。

あたしはそんな奥さんになれるかなぁ。。。



でもそれよりあたし自分のことを考えた。

あたしが「ぼけ」になったらどうなるだろうかと。

息子や娘にかなり迷惑かけるかもしれないわ。。。

逆行する訳だからすごくこだわってることに執着すると思うの。

あたしが何に1番こだわってるのかが問題ね。。。

うむむ。。。

かなり問題だわっっ



それこそ!!相当なる「おばば」になるに違いないわね(−−#)

[2008/01/08 16:27] 日常 | TB(0) | CM(0)