今日は1日中コタツでぬくぬくしてた。
あったまったねー♪
コタツで丸くなる猫の気分だったねー♪
(実際丸くなってないと腰がイタイー!)
村上春樹読んでひとりうなずいて
これすっごいわかるー!!と共感したり
氷ガリゴリ食べたり.....
氷に関してはあまりに異常なほどの食べ方なので
昨日病院で糖尿の検査(血液検査)してもらったよー
異常なしだった〜よかった〜安心した〜
だってすごく異常に氷食べてるから。
で、途中ギターやったり。(背中にクッション当てて)
あたしには楽器のない(ギターのない)生活は考えられないね。
彼とはいっぱい毎日抱きしめあってきました。
気持ちは通じ合ってると思うよ。
ここまでくるには時間だってかかってるし
じっくりゆっくり温め合ってきたから。
抱きしめあうたびに気持ち高まっていくもんね。
もう彼なしではいられないもーん♪
そしてひとり静かな部屋で嬉しい気持ちに浸りながらいたら
いつの間にかスヤスヤスヤ。。。。。
夢見てました。。。
演劇やってるお友達が大勢の観客の大きな舞台のステージで
堂々たる演技やってる夢だった。。。
素敵だったな〜彼女キラッキラしてたぁ〜
もうすっかりファンになってるんだな〜と実感。。。
響のホールのとき観た舞台での彼女の演技が心に響いて素直に涙して
あれから嬉しいことに交流持てた訳ですけど
あのとき観たときは料理好きな彼女の素顔を知らなかった訳で
素顔をちょっと知った今もう一度彼女の演技観たいな〜って思ってた。
そういう気持ちが夢になったのかな。
今度23日に観れるからすんごい楽しみなんですよね〜
最近お婆ちゃんとも相変わらずいい感じ。
今日もいろいろ話しててこれまでのお婆ちゃんの人生を
あたし全部理解できてそのままでよかったんだよって。
全部必要な要素だったんだから大丈夫!だから幸せなんだよって。
でも...嫁だけはもうちょっとい嫁が来るとよかったねぇって言ったら
「充分やって!充分!でも..ちょっと気ままやでな(笑)」と。
あはははは〜〜それ認めます。。。はい。
多分変わりませーん(爆)
正直って気持ちいいな。
素直も気持ちがいいな。
職場でプロポーズしてくれた彼もとても素直。
他の男の子に「お前バカじゃ〜?」とからかわれても
それでも「ほんとに好き〜」って目の前で言ってくれる。
そんな彼の気持ちは本当に嬉しいし伝わるしありがたい。
そして何よりも救われる。
あたしを好きって言ってくれる気持ちに救われるよ。
ありがとうでいっぱいなの。
人の気持ちってすごいなぁ。
すごい力があるなぁ。
人は人の気持ちによって救われるんですね。。。
今日1日ゆっくりしてて
いろんな気持ちが湧き上がってきて
勝手にあふれ出させて自分を刺激して涙したり嬉しくなったりして
これでいいんだ!って自信もてたり
でもほんとにいいのかな?って自信もてなくなったり
そんな思いの繰り返しになって
何度も何度も自分の気持ちが変化しまくってました。
で思ったのは。。。
やっぱり瞬間瞬間を生きてるのかな〜って。
とりあえず今は今でしかないんですね。
過ぎたことは過ぎたことだし
先のことは先のこと。
考えても始まらない。
いいのか悪いのかなんてわからない。
わかんないことだらけ。
わかんないから予測できないからいいのかな。
なーんて納得したのかしないのか。。。
それこそよくわかんないけど
まっいっかぁ〜て。
ただ寝てるのってつらいねー
なのでちょっと本読んだ。
誰かに故のない非難をうけたとき、あるいは当然受け入れてもらえると期待していた誰かに受け入れてもらえなかったとき、僕はいつもより少しだけ長い距離を走ることにしている。
いつもより長い距離を走ることによって、その分自分を肉体的に消耗させる。
そして自分が能力に限りのある、弱い人間だということをあらためて認識する。
一番底の部分でフィジカルに認識する。
そしていつもより長い距離を走ったぶん、結果的には自分の肉体を、ほんのわずかではあるけれど強化したことになる。
腹が立ったらそのぶん自分にあたればいい。
悔しい思いをしたらそのぶん自分を磨けばいい。
そう考えてきた。
黙って呑み込めるものは、そっくりそのまま自分の中に呑み込み、それを(できるだけ姿かたちを大きく変えて)小説という容物の中に、物語の一部として放出するようつとめてきた。
そういう性格が誰かに好かれるとは考えていない。
感心してくれる人は少しくらい(たぶんほんの少し)いるかもしれない。
でも好かれることはまれだ。
そんな協調性に欠けた人間に、いったい誰が好意(みたいなもの)を抱けるだろう?
しかし僕が思うのだが、そもそも職業的小説家が誰かに好かれるなんていうことが原理的に可能なのだろうか?
わからないな。あるいは、そういうことも世界のどこかでは可能なのかもしれない。
簡単に一般化はできないだろう。
誰かに憎まれたり、蔑まされたりする方が、どちらかといえばナチュラルなことみたいに思える。
そうされるとほっとする、とまで言うつもりはない。
僕だって他人に嫌われることを楽しんでるわけではないのだから。
自慢するわけではないが(誰がそんなことを自慢できるだろう?)
僕はそれほど頭の良い人間ではない。
生身の身体を通してしか、手に触ることのできる材料を通してしか、ものごとを明確に認識することのできない人間である。
何をするにせよ、いったん目に見えるかたちに換えて、それで初めて納得できる。
インテリジェントというよりは、むしろフィジカルな成り立ちをしている人間なのだ。
もちろん少しくらいのインテリジェンスはある。
たぶんあると思う。
そういうのがまったくないと、いくらなんでも小説は書けないだろう。
しかし僕は頭の中で純粋な理論や理屈を組み立てて生きていくタイプではない。
思弁を燃料にして前に進んでいくタイプの人間でもない。
それよりは身体に現実的な負担を与え、筋肉にうめき声を(ある場合には悲鳴を)上げさせることによって、理解度の目盛りを具体的に高めていって、ようやく「腑に落ちる」タイプである。
言うまでもなく、そういう段階をひとつひとつ踏んでいると、ものごとの結論が出るまでに時間がかかる。手間もかかる。
ときには時間がかかりすぎて、やっと腑に落ちたときにはもう手遅れだったという場合も出てくる。
でも仕方ない。
それがそもそもの僕という人間なのだから。
村上春樹 『走ることについて語るときに僕の語ること』より
なんかね。。。
似ています。とても。
共感します。とても。
うちの高校生も似てます。
そんな感じです。
やっと腑に落ちたときにはもう手遅れだった。。。
それあります。多々。(笑)
まず自分を知ることってよく言うけど
自分のことよーく知ってます。
知っててもね、これどうにもならないんだよね。
それがあたしという人間なんだからね。
治んないよ。
この病は。
治療方法はない。
仕事行けません。
こんなんじゃ無理だ。
うー行きたいのに。。。
あたしの力なんてたいしたもんじゃないけど
あたしいなくたって仕事は回っていくんだけど
それでもこんなんじゃ迷惑だ。
元気じゃないときって
言いたいことも言えやしない。
それこそ自分何もできないくせにってなっちゃうよ。
昨日まちがったかなー
言っちゃいけなかったかなー
だから資本の身体が病んじゃうのかなー
ダメだと何にも始まらない身体が壊れてしまうのかなー
あたしまちがったのかなぁ。。。
ただ。。。
鶴でもするんだよね。。。
恩返し。
何か大きな決断をして
それがたとえ上手くいかなくても
後悔することを自分に許してはいけない
「全力を尽くして 希望を失わないこと」
おおおお〜〜〜〜〜
「わたしたちは神ではないのですから。人間なのですから。」
おおおおお〜〜〜〜〜〜
でもこないだ神様うちにきたけどね〜(笑)
人間の神様あたしの回りには何人もいるんだけどな〜