ボビル 

正確には「墓ビル」


都会なんかは墓地確保もままならず
ましてや死は確実な現実であり人間として免れない事実。


したがってです!
墓はなくてはならない死んでからの家だとあたしは思ってる訳ですよ。


もちろんそれは人間は死んでも終わりではないと思ってるから。


いまやそれこそ都会ではビルに遺骨を預けている方がおられる現状。
最初テレビで見たときには驚き、え〜と思ったあたし。
いよいよここまできたのかと。

合理的だと思われてのことだろうが
いやはや何とも首をかしげるばかりでハテナマークが飛び交うなぁ〜


よく考えてみてほしい。

持ち家でない方だとすると死んでも集合住宅。
アパートマンションのような場所であって
小さなポストのようで多分墓番号もあるんだろうな。

コンクリートで冷たくて
空が見えず月も星も見えず
そしてなんといってもお日様も当たらず
風も感じず雨にもふれず土もなく草も生えず
自然の空気が何もない場所だよ〜

お墓ってみんな外で自然の中にあるのが普通ですよ。
そんな冷たい場所なんてありえない。。。


今の時代は海に散骨したりもすることあるらしいけど
あたしはどーも納得いかないなぁ〜


そんな墓ビル商売思いついたお方も人間だよね?
だとしたらその社長様はそこに入りたいのかねぇ。。。
自分死んだら喜んで墓ビルに入るの?どうなのかな?

なーんか淋しくないですかあ?

鍵開けて。。。フタのような扉開けて。。。チーン。。。


嫌だ!嫌だ!あたしは嫌だ!


生きてるうちだっていろいろ大変な思いしての人生。
多くのことを乗り越え山を越え谷も越え
そしていい人生だったと振り返り
「ありがとう」と言い残して行く先が。。。墓ビル?


そんなのどーよ。


肉体は失っても自然を感じる場所に眠りたいね。



自分の愛する家族なんだから
残ったものとしてもそんな場所には入れたくはない。
当然旅立ってゆくものだって入りたくはないと思う。


骨は土に返るもの。
土の栄養となって生きものとして蘇ってほしい。
草になり花になり木になってほしい。


そしていつかまた人間に。


自分はきっと誰かの生まれ変わり。
記憶は残ってないにしてもきっとそう。


自分もいつかいつの日か死という現実を迎えるときがくる。
これだけは決して避けられない現実。


あたしはこのままいけば大阪の地に眠る予定。

この家の先祖たちはみんな大阪の地で眠ってる。
出来るならば順番にその場所に。

ありがたいことに
その場所は広くてにぎやかで由緒ある場所だ。
もちろん空も見えるし風も感じれるし雨にもふれられる。
多くの人たちの顔や声も感じれる場所。

よかったなぁ。。。。安心だ。


でも生きてる間にも先祖様たちはいつも見てる訳なので
いつか行ったときに歓迎してもらえるように
これからも語りかけいろんな相談もし交流していきたいなと思ってる。


急に仲良くしましょうなんて都合よすぎ。

相手だってちゃんと見てるしわかってる。




しっかり自分を見つめて信じて

愛すべき大好きな自分で生きていこうっと!!



[2008/03/28 17:48] 日常 | TB(0) | CM(0)

太陽の殺意 

になりかねない。と思った。




人間とはそういうもの。

月夜の殺意ならぬ『太陽の殺意』
じゃじゃっじゃじゃっじゃーじゃーんっっ


いやいや紙一重なんじゃない?殺意なんて。

人って愛するがゆえに犯罪を犯したりするもんだし
深層心理は奥の深い部分にあったりするでしょう。


それこそ自分以外の人の心理なんて理解不能で
理解しようにも出来ない部分もあって
だけどその心理は決して否定なんて出来ないものであり
その人をそこまで作り上げた多くの事実やそれこそ心理があるから。




女は怖い。

どう考えてもそこに行き着く。



「事件の陰に女あり。」これって間違いないんじゃない?

そういう自分も女ですけど自分も怖いもの。


自分ほど恐ろしい存在はないかもね。
放置できないし関わらない訳にはいかないですからね。



昨日待ち合わせに早く着いて待ってた時間に読んでた本から。




慌てていようがふためいていようが
来るべきときが来れば状況は常に人に選択を押し付け結論を迫る。
ときには意に沿わないこともさせられる。
こう言うとまるで盗人か追いはぎのようですらあるのだからとんでもないことだ。
人生というのは本当にままならない。
もしかするとままならないものこそが人生と呼ばれるものなのかもしれない。
そんなことは今さら声を大にして語るまでもないだろう。

ふと、思うことはないだろうか。
この人生というもののままならなさは、もしかして、すでにどこかの誰かにそういうものとして書かれてしまっているからなのではないだろうか、と。
人生とは一種の物語だ。
ならばその物語には作者がいるのではないか?
自分の人生は、いや、自分という存在そのものは、彼もしくは彼女によって書かれたものなのではないか?
そう思うことはないだろうか。





うわわ。。。あたしの思想と同じ。
確かいつだったか日記に書いたはずだ〜

ほんとそうだと思うな。
だからあがかず取り乱さなくていいと思うようになった。

それはいろんなことをとりあえず受け止めて考えれる自分を実感するから。
そしてそれ以上に感じてしまうからなんだよね。
多くの現状の背景を。




うちのお婆ちゃんには息子が2人。
だけど生まれてすぐ亡くなった子もいるし
お腹の中ですでに亡くなってた子もいた。
お婆ちゃんは全員に名前をつけている。
あたしずっと聞かされてきたからお婆ちゃんの母なる想いは感じてるつもり。
いつもあの子たちにごめんねって言ってるお婆ちゃん。
ちゃんと気持ちをかけてあげててあったかいの。
本当なら現世にいて一緒に生活できたのにそれが叶えられなかったあの子たち。
パパさんやパパさんの弟くんの2人は現世で生活できてる訳で
出てこれなかったあの子たちにしたら羨ましい限り。
同じ兄弟なのに同じように出来ない悲しみ。
一歩間違えば、いや、これはお婆ちゃんの問題なんだけど
もしお婆ちゃんがあの子たちのことを想っていなかったら
思い出してごめんねっていう気持ちがなく忘れてしまっていたら
きっとあの子たちは嫉妬心を起こし現世のパパさんたちに
ヤキモチを焼き嫉妬すると思うんだ。
そしてその嫉妬心も成長して悪さを起こすことに。。。

見えない気持ちの力とは相当なる力があると思う。
しかもあの子たちはこの世にはいない、存在できない。
だからこその大きな見えない力を持つ。

だけど。。。
純粋にあったかい気持ちをかけてあげている母のお婆ちゃんだから
あの子たちはそんなお婆ちゃんの力になり助けている。
これからも力になって助けてあげるんだと。
あたしにそう語りかけてくるあの子たち。


あたしもそうやって守ってもらえる存在でいないとなぁ。
お婆ちゃんのその想い方を見習いたいな。




やはり母は太陽。

母なるお婆ちゃんは大きな太陽。



よく新聞沙汰になる祖父母と孫や
両親と娘や息子などとの犯罪や事件。


全ては紙一重。

一歩間違えば殺意さえ起こしかねない今の世の中。



母は女。

女は怖い。



月のパワーによって殺意が起こってくるのなら

太陽のパワーもまた殺意を起こしうる可能性ありますよ。



きゃあ〜〜怖いわ〜〜〜

[2008/03/28 10:00] 日常 | TB(0) | CM(0)