全68巻に及ぶ「サザエさん」
磯野家の人々の生年月日はいつか?
まず波平。
昭和26年9月14日サンフランシスコ講和会議からの吉田茂全権の帰国を祝ってお赤飯を炊いたフネに、波平が「よくわしの誕生日を覚えていてくれたなぁ」と勘違いする場面がある。
またサザエが波平に向かって「明治生まれはてすうがかかるわ」という場面と、波平自身が来客に「ほう!じゃあなたも羊ですか」という場面から、明治時代の羊年生まれということが判明。
さらに娘のサザエが大正生まれであることから、これは1895年(明治28年)の羊年ということになる。
1895年9月14日が波平の誕生日だ。
次はサザエ。
単行本47巻にて、カツオが「お姉ちゃん誕生日おめでとう」と祝いの言葉を述べているらしい。
この4コマが朝日新聞に掲載されたのが昭和40年11月22日で、サザエはなんと、星座でいうなら執念深さじゃピカイチのさそり座の女であった。
生まれ年は、波平が54歳のときにサザエは27歳だから、年齢差から
計算して1922年(大正11年)。
フネは隣に越してきた伊佐坂先生の妻・軽(かる)と女学校の同級生。
偶然の再会を「まあ、30年ぶりだわ」と懐かしむところから、フネの年齢は48歳と推定。
54歳の波平とは6つ違いで、生まれ年は1901年(明治34年)と考えることが出来る。
マスオは32歳で、サザエより5つ年上の1917年(大正6年)生まれ。
小学校5年、11歳のカツオはサザエより16歳下で、生まれ年は1938年(昭和13年)。
それより4つ下、7歳のワカメは1942年(昭和17年)生まれ。
さらにその4つ下、3歳のタラちゃんは1946年(昭和21年)生まれになる。
ところが!ここで不思議なことが起こってしまう!
サザエがマスオと見合い結婚したのは、年号にすると1948年(昭和23年)。
けれどタラちゃんが生まれたのは1946年。
つまり、サザエが結婚する2年も前になるのだ。
果たしてタラちゃんは本当にマスオとサザエの子供なのだろうか?
サザエの妊娠・出産話はいっさい描かれていないし、大阪のマスオの実家にも夫婦はタラちゃんを連れていかなかった。
そのことを思うと、タラちゃんは何らかの事情でよそからもらわれてきた子なのでは.....という推理が頭をもたげてくる。
また本当に夫婦間に子供が出来ていたとすれば、生まれたその子が途中でスリ替わってしまったとも考えられる。
昭和26年の「朝日新聞」の予告には「タラちゃんという女の子があり」と書かれているのだが、もし夫婦間にできた子が本当は女の子だったとしたら、今のタラちゃんはあきらかにそれとは別のタラちゃんだ。
最初は左ききだったのに、途中から右ききになったのも何かあやしい。
これはやや強引な推理だが、おそらくタラちゃんは、途中で神隠しに遭ってしまったのではないだろうか。
そのことを嘆き悲しんだ夫婦は波平たちに相談し、よく似た子供をよそからひきとったのである。
マスオとサザエが磯野家にずっと同居しているのも、あるいはその悲しみを少しでもやわらげるためなのかも知れない。
本当のタラちゃんはいったいどこにいるのだろう。
どこかで元気にしていればいいのだけれど。
うわわわわわぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜っっ
ちょ、ちょ、ちょっとおおおおお〜〜〜〜〜〜〜っっ!!
なに?なに?なんなのおおお〜〜!?
驚いたわ。。。。初耳ですわよ(−−#)
娘ちゃんが何か面白い本ない?って言うから
以前買ったまままだ読んでなかった「磯野家の謎 おかわり」を渡した。
すると娘ちゃんから磯野家情報がわんさか。
おぉ〜〜っっ!うっそ!そんなの知らなかったわ〜ってことで
昨日から磯野家の話でモチキリなのだ!
そしてさらなる情報。。。。。
波平には前妻がいたそうな。
なのでサザエの本当の母親はフネではないらしいのだ!
磯野家は博多出身、フネは静岡の出身である。
波平には博多に双子の兄がいて、その人が実家を継いでいる。
フネの実家も長男が継いでおり、つまり波平とフネはどちらも故郷を離れて東京で暮らしているということになる。
普通に考えれば、磯野家の墓は博多に、フネの実家の石田家の墓は静岡にあるはずだ。
ところが磯野家では毎年必ずお彼岸の時期に、東京近辺の墓地にお参りに行ってるのだ。
しかもそれは単に知人の墓というわけではなく、墓石にはっきり「いその家之墓」と書かれている。
これは果たしてどういうことなのだろうか。
東京の「いその家之墓」に眠る人物は、いったい誰なのだろう。
波平はその墓へ行くのにも自宅からタクシーに乗り「××霊園まで」と行き先を告げている。
タクシーで直行するくらいだから場所はそれほど遠くなく、けれど電車を使うとなると乗り換えなどで面倒なところにあるのだろう。
墓石は立派なもので、墓石には「大正八...二十日」という文字がくっきり刻まれている。
フネがお墓参りにきたこともあるのだが、どういう訳かフネは珍しく不機嫌だ。
「ハナのたかくなったこと!掃除代の上がったこと!オハギの小さくなったこと!」といちいち文句をつけるのだが、、その態度はまるで「どうして私がひとりで来なくちゃならないの」という感じにも受け取れる。
そういえば波平たちが墓参りに来るとき、フネはあまり一緒にやってこない。
となると、フネがひとりでお墓参りに来たのは、波平に「ワシは忙しいから、悪いがかわりに行ってくれ」と頼まれたからと考えられる。
この墓には波平の両親も分骨してあるようだが、それだけなら、フネのようなできた嫁が墓参りごときで文句を言うとは考えにくい。
そんなことからこの墓には、前妻が眠っている可能性が高い。
波平の前妻イコールサザエの実の母である。
サザエが生まれたのは大正11年、墓の下に眠る前妻はサザエがまだ物心のつく前に何らかの事情で亡くなってしまったのだろう。
けれど大正8年の墓が東京にあるなら、それは当時24歳の波平が建てたものではないだろう。
磯野家の先代が明治末から大正初年には東京にいて、墓も建て、波平も結婚させたと考えられる。
だとすると、波平は、以前その妻と東京に住んでいたということになってしまうのだが.....
実はそれらしき気配が漂っているのである。
サザエは女学校卒という学歴だが、そのクラス会を東京でやっているのだ。
女学校の場合はマスオの旧制中学と違い、卒業生の多くは故郷で就職や結婚をしているはずだ。
卒業後10年近くもたって東京の会場に大人数が集まるとなれば、その女学校は博多ではなく東京にあるものにちがいない。
さらに昔の恩師に電話をかけるシーンでも、サザエは世田谷の家から市内電話でかけていた。
波平とサザエは、少なくともサザエの女学生時代までは東京に住んでいたのだ。
「火鉢にあたりよるから」と九州弁の抜けない波平に対し、サザエが東京共通語なのも、これで納得が出来るのである。
うは〜〜〜〜まいりましたね。
フネはサザエの本当の母ではないなんて。
でもそういわれてみればちょっと他人行儀な感じもする。
実の母ならもうちょっと喧嘩したりズバズバ本音言ったりしそうな気がする。
いまひとつ遠慮してるような間に紙一枚あるような。。。。
うーん。。。。。
磯野家には深い事情があったんですなぁ〜〜
いやはやふつーの人間だったということですな。
お茶の間のほのぼの家族であり
見た目は理想的な家族になってはいますが
磯野家にも諸事情が多く隠されているということです。
ほっとしましたねぇ。。。
これでこそ!家族!
あ!あともう1つ!
海にちなんだ磯野家の名前。
これは作者の長谷川町子氏が病気療養中の妹さんと近所の海岸を散歩しつつ思いついたんだそうな。
なぜ全員海産物か?
何か意味があるのか?
昭和63年4月1日号『ブルータス』の藤原耕太朗氏の分析によると。。。
波平とフネは、波と舟という分ち難い関連性によって、夫婦間の絆の深さを示している。
またサザエ以下残りの家族が海にいる生物の名なのに対し、二人は非生物であり、このことは家族の中での特権的地位を示している。
サザエ以下の家族たちは、女性がサザエ、ワカメという海底に生息する生物を名乗り、マスオ、カツオ、タラオたち男性は水中を泳ぐ名を名乗っている。
これは女性は海(家)に固執するものであり、男性は外を泳ぐものという意味づけをすることが出来る。
おまけに、ほかの家族が海水系なのに対し、マスオは淡水・海水両棲の魚で、つまり磯野家にとってヨソ者であることを示している。
そしてカツオはマスより大きい魚なので、将来はマスオ以上に強い権力を持つということである。
作者の長谷川町子氏はこのことを意識して名前をつけたのだろうか?
おそらくそう深く考えず無意識のうちに決めたのだろうか?
だとしたらおそるべき勘の鋭さである。
きゃあああ〜〜〜〜〜〜っっ!!
読みが深すぎますぅ〜〜〜〜〜っっ!!
面白すぎます!!
サザエさん!磯野家の謎!!