学習塾からの帰りだった。
七月の初めに引っ越して新しい学校に転校し、それまで通っていた塾にもう行かなくてもいいんだと思い、ほっとしたのもつかの間、お母さんはさっそく新しい塾を見つけてしまった。
私立の中学に入るためには今から塾に行っておかなければ試験に受からないのよ。
お母さんは口癖のように言うけれど、なぜ私立の中学に行かなければならないのか、稔はいまだにその肝心なところが理解できないのだった。お母さんは、普通の中学はがらが悪いからと言うけれど、別に普通の中学に通う生徒みんなががらが悪い訳じゃない。
だから、お母さんの説明は、説明になっていないと思うのだけれど、面と向かってそのことを口にしたことはない。
お母さんはどうせ、都合が悪くなると「あなたのために苦労してるのに何言ってんのよっ」とものすごい顔になって怒鳴るだけで、ちゃんと話を聞いてくれないだろうから。
「どこ行くの?」
「本屋さん。読書感想文の本を買いに行くんだ」
「へえ、もう読書感想文とかやるの」
「一平くんはまだやんないの」
「俺はね、何でもぎりぎりまでエネルギーをためて一気に炸裂させる主義なの」
「ふーん」
要するに、夏休みの宿題はまだ何もやっていない、ということらしい。稔は同じ五年生なのにどうしてこんなに性格が違うんだろうとちょっと不思議に思うのと同時に、自分がとても真似できそうにないことを平気でやっている一平君がうらやましくもあった。
ALWAYS 続・三丁目の夕日 もういちど、あのときへ より
今ちょうど半分まで読んだけれど
なんていうか。。。
小学生の頃って本当にいろんなこと考えてたんだよねー
親はとにかく一生懸命働いてたから
それを見てたから
考えてた思いの深い部分は話せてなかったように思う。
子供っておもしろいな。
多分ね、大人以上に考える力はあると思う。
そして感じ取る力も相当あると思う。
案外わかってないのが親。
自分も子供だったことがあるはずなのに
いろんなことを思ってきたはずなのに
いつしかそんな思いを忘れてしまっているんだよね。
「お願いだから思い出して」って言いたくなってしまう。。。
それでもあたしの母なんかはいつも笑ってたなー
そしてそんな母が大好きだったなー
父もそのころは元気に活気に満ちていて
バイクの免許とり車の免許もとり
カーステレオで石原裕次郎の歌流してたなー
小学生の姉(あたし)弟は助手席に乗って
いつの間にか石原裕次郎の歌覚えてたっけなー
その頃は猫を飼っていて
あたしの生活の一部になっていたんだよね。
あいつはあたしのことが好きだった。
本当に好きだったんだ。
それはものすごーくわかってたし感じてた。
人間じゃないんだけど猫だったんだけど
話し合った訳じゃないんだけど
それでも気持ちは通じ合ってた。
大げさかもしれないけど本当にそう思ってた。
あたしの子供時代はあいつと過ごしたと言ってもいいくらい。
あいつが死んでからもう20年は過ぎちゃったけど
実は今、存在してるんだよね。
あたしの娘。
絶対そう。
あいつが死んだのが2月。
娘が生まれたのも2月。
意識せずにつけた娘の名前の呼び名が同じ。
あいつを呼んでいたときの呼び名と
いま娘を呼ぶ呼び名が同じなんだよね。
これ不思議なんだけどそうなんだよ。
ほんとにあたしのこと思ってたんだろうな。
だからまたこうして来れたんだろうね。
すごいなー気持ちって。
つなげてくれるんだねー
しかも!いまは会話まで出来てるよーすごいよー
気持ちが強かったら叶えてもらえるんだよー
本当の真剣な思いは深く強くなんだね。
あたしはそう信じる。
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